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Aki Ballet Studio Blog 2015年5月

大人になって始める習い事 継続するための通い方。


大人の習い事は継続が難しい

今回はこのテーマのブログを書きます。


■子供の頃の憧れ
■かつて習っていた
■生活におしゃれを見いだす
■自己啓発



大人になってから始める習い事。
皆様、様々な理由をお持ちだと思います。

どんな習い事も、
続ければ勿論、一定以上の効果が間違いなく期待出来ます。

しかし、様々な理由から継続出来ない。
これが大半です。

習い事は最初の3ヶ月間の通い方。これが肝心なんですね。
この通い方については、後に記載いたします。


では、先ずなぜ、
大人の習い事は継続が難しいのか。

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「EYS STYLE」という、
大人の音楽教室を運営する企業が
1000人の20代〜59代の男女へ独自にインターネット調査した
結果があります。

その結果によると、
 
①飽きてしまい通うほどのモチベーションが無くなった
(男性49%、女性40%)

②仕事(家庭)が忙しく通うのが難しくなった
(男性30%、女性35%)

③金銭的に難しくなった
(男性12%、女性22%)
 
 
これはもはや、
三大通い辛さあるあるでしょうね(笑)
 



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それでは習い事が<続いている例><続かない例>
自らの経験より二例ご紹介します。



<続かない例>
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実は私数年前、汚文字を改善させようと意気込んで、
ボールペン字教室に通っていたことがあります。

インターネットで検索し、
自宅から車で30分位の距離にあり、
お休みの毎週火曜日、朝の9:00〜

習字、硬筆のおばあちゃん先生が、
週に1回で実施されているお教室でした。

お年寄りばかりのクラスでしたが、
なるべく早く馴染もうと頑張って話しかけたり、

初回のレッスン後はその足で、専用のボールペンとノートを買ったり。
とてもやる気に満ちあふれていたのですが、
 
貴重な週に1回のお休みの日に早起きをすることが、
元々とても苦手で、

あるとき、一度だけ寝坊して参加出来なかったのを機に、

「今週は、いいか。」

「来週頑張ればいいか。」
 
そう思うようになるが最後。

徐々に休みがちとなりました。

でも決まったお月謝は、毎月引落される
勿体ないですよね。

結局半年で、辞めちゃいました。




<続いている例>
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一方、かれこれ3年以上続けている所もあります。

それが、トレーニングジム。
 
アキバレエスタジオの近くに24時間営業中のジムがあります。
 
月額費用が安く、自分のペースでいつでも行ける。
 
深夜までスタジオにいることも多いため、
中々運動をする機会も無く、
そのくせ、座りながらチョコやらクッキーやらを口に運び続け
ここ数年、ぶくぶく太ってしまいました。
 
そこで、どこか遅く迄開催しているジムは無いものかと
いやー、あるものですね


このジムを見つけてからというものの、
多い時は、週に3-4回。
少ない時は、月に2-3回。
 
自分のその時の体型により異なりますが(笑)

マイペースで続けられるので、
気づけばもう3年。細々と続けていける訳です。
 


習い事を続ける為に必要な事と改善企画

私は、通いやすさとモチベーション、
通う為の時間帯の選択肢。
これらが習い事を続ける為に
必要なことではないかと考えています。

 
 
そして、アキバレエスタジオではこういった
これからバレエ(美容バレエ、ストレッチバレエ、
大人の初めましてバレエ)
という習い事を始めるにあたり、

「三大通い辛さあるある」

を改善出来るよう、下記企画を考えております。
 
 
詳細は、次回ブログをご覧下さい。
http://www.akiballet.com/blog/entry/post-23/



最後に

最初の三ヶ月の通い方
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冒頭で少し触れましたが、経験上推奨する
アキバレエスタジオ、初めまして大人バレエの通い方です。

これは、自分の生活リズムの中で
無理の無い時間帯無理の無い曜日
最初から頑張りすぎることなく、気を張らず、
マイペースで、ゆったり始めて見て下さい。

これが大事だと思います。

3ヶ月自分の生活リズムの中に、
週に1回、1hバレエの日。というのを組み込み、自然と慣れて行く事。

先ずは、ここから始めて見て下さい。


3ヶ月も経つ頃には、ほらgood

バレエの日があることが当たり前になってくることでしょう。


そしてその先には、

気の合う仲間が出来て、バレエの奥深さも知り、

一回50分だったのが、90分、2h、
週に1回だったのが、週2回、週3回と

徐々に無理なくハマって行くと思いますよ。


それでは。
 
 

大倉山 芸術日和

5月17日 (日)お昼時。

あぁ、あれからもう一週間経つのですね。

アキバレエスタジオ大倉山校のある港北区の大倉山記念館にて、

とある、コンサートが開催されました。

 


大倉山記念館とは、
大倉山駅から坂を上り10分の所にある

洋風の赴きある建物です。

 

下記ブログでも少し紹介させて頂いております。
アキバレエスタジオの周辺治安について【大倉山編】


 

バレエと音楽
特に生演奏等をレッスン内(大人、児童2など)で取り入れている

アキバレエスタジオですが、

このたび、大倉山を拠点に活動を行う


「大倉山ジョイフルコンサート」

要約:
大倉山近辺に住む音楽愛好家の有志が、
「クラシックで歴史のある大倉山記念館ホールで、
質の高い生演奏が聴ける新たな定期コンサートを!」
 
との熱い想いで始まった団体とのこと


という団体の、企画に賛同させて頂く形で

コンサート活動を協賛しており、
そのご縁で、コンサートにご招待頂くことになったわけです。


 

さて、今コンサートはピアノソロ。でした。

ピアノ一本。

音楽でもバレエでも芸術ごとに携わっている方なら
この大変さを知って頂けるかと思いますが、ソロで舞台に立つ。

プロであれば、これは、誰もが憧れる事では有りますが
同時に、身一つで、観客の視線を一斉に集め
最大級のプレッシャーをはね除け、最高級の技術を要し、
且つ、魅せる技術も必要な本当に大変な事なんですね。

本当に、心から尊敬します。



さて、珠玉の幻想曲というタイトル通り

主に、ファンタジーを題材にしたクラシック作品を

ピアニストの
高田匡隆さん (wiki)より演奏されました。

 

高田さんのホームページはこちら


 


ファンタジーという名の通り幻想的で、
非常にロマンチックな作品のチョイス。



プログラム
◆ ベートーヴェン : ソナタ第13番「幻想曲風ソナタ」 作品 27-1
◆ シマノフスキ : ポーランド民謡の主題による変奏曲 作品 10
◆ ショパン : ノクターン 作品 48幻想ポロネーズ 作品 61

 

 

特に、後半のショパンは、誰しもが一度は耳にした事があるであろう

作品ばかり。大変楽しめる内容でした。

 

 


クラシックの聞き方
クラシックというと一般的には、どうでしょう?


「気難しい」
「長い曲ばかりで聞くのが大変。」

などの印象もあるのでは無いでしょうか?

 


しかし、実は様々な聞き方があって例えば、


①聞いた事のあるフレーズなど部分部分につまみ食いをする。

という聞き方もOKです。


もう一つ、私のお勧めの聞き方は、

②ストーリーや背景を知ってから聞く方法。

この作品を作曲家がどういう想いで作ったのか?
どういう時代で、どういう環境で生まれた作品なのか?


例えば、
今回演奏されたショパンの幻想ポロネーズ


ポロネーズは、
もの凄く簡単に言うと(笑)、
ポーランド風の舞踊リズムのことですが、

この作品ポロネーズという名前はついていますが、もはやポロネーズではなく、
ポロネーズのリズムを使いながら

ショパン自身の苦悩や葛藤を表現した「幻想曲」という風に称されています。


<背景>
この曲が作曲された時期、
彼は病(結核?呼吸器の病気とも言われています)
と戦いながら作曲していました。

また、悪化していただけでなく、当時の恋人であったジョルジュ・サンドと
破局寸前だったと言われています。

そうした精神的に不安定な中で生まれた
屈折した感情を、美しくも儚い作品として表現している訳です。


このように、作品の背景を知り

「あぁ、今はこんな状況で作っている場面だ」

などを想像しながら聞くと作品が何倍にも楽しく聞こえます。

 





というわけで、素敵な時間を過ごさせて頂きました。
 

次回は、私の母校の後輩の方々によるサックス4本のコンサートとのこと。

(といっても、私と学年が全然違う方々なので、直接面識は無いですが)

 

定期的なコンサートの場が、街にこうしてあり、

プロのクラシック奏者を身近に聞ける。

なんとも素敵なことでしょうか。

 

今後とも、溝の口、大倉山と関わりを持つ地域の芸術活動には

出来る限り、参加応援して行きたいと思っています。

 

それでは!

 

 

 


 


トゥシューズと自分の身体 (大塚芽衣著)

今日のテーマは「トゥシューズと自分の身体」


さて、
トゥシューズはバレエをやる女の子たちの憧れです。


しかし同時に、とても厳しいものでもあります。


トゥシューズの知識から皆さんに簡単にご紹介しますね。
 

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  • 前ぐり(Vカット)
好みにも寄りますが、大体、前グリの部分にリボンを縫い付けます
今は元から縫い付けてあるものばかりなので、
慣れてきて自分でリボンを付けるようになったら自分でいい位置を探してみよう。
 

  • インソール(シャンク)
トゥシューズはインソール・ソールが硬いです。
最初はハーフのルルベでスタジオを歩き回って馴らしてみよう。
決して、先生のいない場所でポワントで立ってはいけません。
お家でポワントで立つ練習もしてはいけません。
 

  • ボックス(トゥシューズの硬い部分)
 ボックスの高さをインステップと言います。
 

  • プラットフォーム(別名 ブタの鼻)
人に寄って言い方が違いますが、
私の先生は「ブタの鼻!」と言っていました。
立つ時に心がける事は、ここにしっかり乗ること!乗り切れていないと、
足を挫いたり、転んだりする原因になります。ここに乗れないとトゥシューズでは踊れません。
 
  • ソール(最初に履いた時に、ここに右か左か分かるように書くと良いよ)
トゥシューズはバレエシューズと違って、
一度履いてしまったら左右の足の跡がついてしまいます。
最初に履いたら、トゥシューズの中でも外でも、左右が分かるようにしましょう。
私はソールにボールペンやサインペンで書いていました
 

以上となります。
次回は、更にトゥシューズの歴史について紐解いていきます。

おススメの前衛アーティスト。

先のゴールデンウィークはいかがお過ごしでしたでしょうか?

ゴールデンウィーク中は、実にクラシック三昧でした。


丸の内のクラシックの祭典 「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」
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ご存知でしょうか?

これから夏になるとサマソニ晴れなど、ロックフェスヘッドフォンが 次々に開催されますが、

それらのクラシック版です。

東京駅周辺のモール吹き抜けや、ギャラリー、

国際展示場ホールなど10か所近くで一日100団体近いアーティスト

クラシックに特化した公演や映画を行っているといった内容です。

勿論、大きな会場付近には出店などもあり、ご飯を食べながらでも楽しめます。

たまたま会場で、生徒様に出くわしたりにひひ

知り合いも沢山鑑賞しに行っていたようで、知名度の高い祭典なんだなーと改めて実感しました。


さて、今回は、芸術ごとということで、
前衛芸術に特化したおススメアーティストベスト3ひらめき電球をお届けします。




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森山開次さん

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世界的にも評価の高いダンサーさんですね。

コンテンポラリーダンスってなあに?
クラシックバレエやジャズ、モダンなど様々な踊りをミックスさせた現代舞踊の一種です。

後にも書きますが、モーリスベジャールという振付家が、
創作した現在のコンテンポラリーダンスの礎の一つともいわれる作品に、

学生時代研究していたメモミュージックコンクレートというジャンルの音楽を使っていたこともあり、

抽象的な表現法の一つであるこのジャンルに興味をもち始めたわけです。

森山開次さんは、 「NHKの身体であそぼう。」という番組や、

かつては「情熱大陸」に取り上げられたり、

写真の通り、独特の風貌から役者としても活躍されています。

コンテの公演は、今秋都内で数本、企画しています。
その際は、またお知らせ致します。


※コンテについては、後日もっと掘り下げて書きたいと思います。




フランソワベイル
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知る人ぞ知るといったアーティストさんです。

10年と少し前、まだ音楽大学の学生だった頃に出会いは遡ります。

在学当初は、ポップスを書いたり、 クラシックの技法をまねたクラシック音楽を書いてみたり、

声楽のハーモニーの美しさに興味を持ち(和声学と言う分野ですね)を勉強しながら、

コンピュータと音楽を学ぶ学科に属していました。

その頃に出会った先生が、電子音響音楽と呼ばれる

(※注 電子音楽と言うと エレクトーンやテクノ、トランスなどと誤解されやすい ですが
ここでいう電子音楽とは クラシックから派生した、電気的に音を加工した音や素材を構成し
音楽を組み立てていく、現代音楽の分野のことです。)


ジャンルの国内有数の作家であったため、 その教えを乞ううち、研究にのめり込んでいったわけです。


ミュージックコンクレートの創作
ある時は、一切楽器の音を使わず、
自然界の音、(たとえば電車の音や、雨風の音、川の流れる音、食器などの生活音) だけを録音し、
それを何トラックも並べ、音楽として表現した ミュージックコンクレートというジャンルの創作。


ライブエレクトロニクス
ある時は、コンピュータに自作のエフェクターを作成し、
生の楽器ヴァイオリンやサックスなどをマイクで拾って、
エフェクトを掛けながら即興演奏させる作品。

 ■コラボレーション企画
それらのジャンルを、他アーティスト(画家や、先に書いたダンサー)などと コラボした作品の発表。

を創作、発表していたのですが、 その中で、出会った革命的と言えるアーティストさんがこの
フランソワベイルだったわけですが、

一般的にこれらの音楽は、抽象音楽にあたり、 調性感をもたないため 聞き手にとっては、
難解な音むっとなるわけですが、

このフランソワベイルは、視覚と聴覚双方の効果も生み出すため、 音響スピーカーを、何10個と会場に並べ、  
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※イメージ的に、映画館は5.1chと言われ、
5個のスピーカーと1つのウーファー(低音域のみの出るスピーカー)で構築されていますが、
これの場合は、その何倍もの立体空間を再現できるわけです。


これにより超立体サウンド音と音とが自由に飛び回る空間。 の演出を可能とし、

また、これらのサウンドを、自身が演奏するかのように操作できるよう
アクースモ二ウム演奏というシステムを構築しました。

現在にもこの手法は受け継がれており、 コンクールやコンサートなども全国、
いや世界中で行われているほか、

国内でも、毎年数か所でフェスが開催されております。


参考迄に
富士電子音響芸術祭


※毎年1回、山梨県の某村の一部を借し切り設営し、開催されています。
2011年と2014年に永野が作曲家で出演。
2012年は、協賛としてアキバレエスタジオで参加しております。


お酒、食事などなどの出店や、キャンドルアート、特設のお風呂、 テントを張って夜通し、
ライブなどを楽しむことも出来ます。


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さぁ、もうここでお腹いっぱいといった所でしょうが、
もう一人。

私の知る中で、最も最初のインパクトが強かった方を紹介。


じゃじゃん!!! ジョン・ケイジ

たまーに、雑学番組などにも登場するので、
ご存じの方もいらっしゃるかな?とは思いますが、

彼の代表作と言えば 4分33秒

あ、これがタイトル名です。

どんな作品かはこちらを。 なんと、最高音質で聞けます!!!


うん、いかがでしたか?

「あれ?音が出ない。」


そう思った方もいらっしゃるでしょう。


そう思った方大正解です。
この曲は、4分33秒間、 ピアノに座ったままなーんにも演奏しない曲です。
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曲の解説としては、 偶然を偶然に結果をあるがままに受け入れる音楽。

ということですが、 うーん、もっと分かりやすく言うと(笑)

ジョンケイジが言いたかったことは、この作品を発表するに当たり、

お客のざわめき、拍手、小さな偶然の物音、それらをも含めての作品。

という「無音の音楽の中にある音楽を作曲をした」という解釈です。

作曲家と言うのは、譜面上で記譜し演奏家にある程度の制限を与え、 操作することができます。

しかし、それらを聴衆に効かせる場合、 偶然の音、不測の事態、それも含めてこそがライブであり、

それを作曲家が制限することは、物理的に出来ないわけです。

究極の 原点ですが、

個人的にはもっと音楽は自由で良いんだの発想に繋がります。

ジョンケージについては、様々な逸話や作品を世に残していますので、
彼について気になる方は、またお声掛け下さいませ。


と、今回は少し音楽よりの個人的なブログになってしまってすみません。

次回からは、またバレエのネタをお届けします。




画像使用
https://www.youtube.com/watch?v=PKMeA8mFQkc
http://kaijimoriyama.com
http://blogs.yahoo.co.jp/tdhdf661/43780682.html
http://kobe.keizai.biz/photoflash/1455/


日本バレエの歴史について(戦後)

 戦後  日本バレエの歴史について 

さて、前回は日本がバレエと出会うきっかけについてお話ししました。

そこで今回は、戦後の日本バレエがどのように発展していったのか
についてまとめてみました。


 


国内初の日本バレエスタジオ開設

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鎌倉の七里ケ浜のスタジオ跡の画像

これが、日本バレエ学校の発祥と言われています。

 

このバレエ学校の第1期生の中には
服部智恵子東勇作橘秋子貝谷八百子島田廣といった後の、
日本のバレエ界の先駆者となった人々が在籍していました。

 

ところが、前回のブログにも書いた通り

第二次世界大戦中バレエは敵性芸術であったために、


ほとんど上演活動はできなかったようです。

 



戦後

戦後になりようやく、日本バレエは動き始めます。

東勇作、葦原英了などが東京バレエ団を結成しました。


そして戦後の翌年
1946(昭和21)年に『白鳥の湖』 を全幕初演したのです。 


そう。ここからが、本当の意味でも日本バレエの出発点となります。



このバレエ団はその後、1950(昭和25)年に解散してしまうわけですが、
この年からバレエ界は大きく動きます。



 様々なバレエ団の旗あげ!  

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<小牧バレエ団>

今では考えられないロングラン公演を行い、観客動員の記録を残し、戦後のバレエブームを起こす。
文部大臣賞をはじめ数々の賞を受賞。
谷桃子(谷桃子バレエ団創設者)、
太刀川瑠璃子(スターダンサーズ・バレエ団創設者)
※当スタジオともゆかりの深い昭和音楽大学の副学長でもいらっしゃいました。

など他多くの日本の舞踊界を代表する舞踊家・指導者を輩出。
アキバレエスタジオにて指導中の先生方の中には、こちらに所属中の先生も
いらっしゃいます。

 

 

<服部・島田バレエ団>
先にも書いた、日本バレエ復興の立役者。戦後間もない日本へ希望を与えた、
東京での「白鳥の湖」全幕日本初演の奇跡など、パイオニア的存在。 


服部氏:
日本バレエ協会法人化に伴い初代会長に就任。
第二国立劇場(現在の新国立劇場)設立準備委員会委員


島田氏:日本バレエ協会2代目会長、新国立劇場初代舞踊部門芸術監督を歴任。
紫綬褒章、勲四等旭日小綬章受章
2002年文化功労者。


<谷桃子バレエ団>

そして、今回ピックアップflairしたいのが、
先にお亡くなりになられた
戦後のバレエ界を牽引してきた
バレエダンサー
谷桃子が率いたバレエ団。


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1948年頃 wikiより
 

 

戦後、4年後の1949年にバレエ団を設立

精力的に全国公演を行い、「白鳥の湖」と「ジゼル」の主役が当たり役になり、
戦後の日本バレエ界をけん引した。




特に、ジゼル

古典中、最も古い作品であり、
現実の世界と幻想の世界とを見事に、美しく書き出された素晴らしい作品。
踊り手にとっての憧れの作品の一つとも言われています。



<ジゼルとは>
結婚を目前にして亡くなった娘達が妖精となり、

夜中に森に迷い込んできた男性を死ぬまで踊らせるという話。

元は、オーストリア地方の昔話をもとに作られた作品です。


74年引退後、監督として後進の指導にあたり、3代目の日本バレエ協会会長も務めた。




 まとめ 

•パブロワ学校の一期生達が中心となり、戦後バレエを開拓。

•東京バレエ団白鳥の湖が日本人による日本バレエ公演の出発となる。

•その後多くのカンパニーが創立され礎を築く。



人気の習い事の一つと言われる現代に繋がっている背景には

間違いなく、上記の功労者達の存在抜きには語れないのです。

以上、戦後の日本バレエについてのブログでした。




 


日本バレエの歴史について。 

前回、バレエの歴史について書きました。
バレエ豆知識 バレエの始まり編 (大塚芽衣著)

今回は、日本バレエの歴史について書きたいと思います。


 バレエの歴史。(日本編) 

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ドドドーン!!!



さて、バレエが生まれたのはヨーロッパのルネサンス期というお話は、
前回に書きましたね。flair


ですが、日本でのバレエの歴史は、

なんと!まだ

90年!!!

と意外に浅いのです。




では、歴史をひも解いていきましょう。


 日本初のバレエ上演 

時は、華やかな文化が色づく
大正時代
クラシックバレエが初めて日本に入ってきました


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大正時代:
日本の経済が豊かになり、民主主義(つまり、国民の意見や思想を自由に表現する事が出来る)
が芽生えた時代。

また、経済が発展することで都市化が進み、華やかな大正文化が開花しました。
生活においても西欧の影響が次々に進み、百貨店なども建設され、時代をリードしたそんな時代です。




そんな中、
1922年に
アンナ・パブロワという
歴史に名を残す名ダンサーがなんと、日本にて初公演を行いました。



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写真は来日の様子(wikiより)


上演は、彼女のために作られた振り、
そして生涯彼女の代表作でもある『瀕死の白鳥』



あの、日本を代表する名作家、芥川龍之介を始めとする文化人達も大絶賛したそうです。


※補足
この作品は彼女の死後10数年誰も踊りたがらなかった程
唯一無二の作品です。




貴重なパブロワ本人の映像を見つけました。




日本人が初めて美しいバレエを見たのが、
このときが初めてなのではないでしょうか?


きっと想像するに、外国人ダンサーならではの長い手足に加え、

鍛え上げられたバレリーナの体から繰りなす情熱的なダンスは、

この頃の日本人には刺激的sign03だったに違いありません。



 日本初のバレエレッスン 

アンナパブロワ上演の少し前、
ヨーロッパで革命がおこりました。

当時、エリアナ・パブロワ、ナデジタ・パブロワという
両バレリーナがロシアから日本へと逃れてきたのです。

これが大正7−8年頃。


始めの頃は、日本ではバレエを習う人は皆無であり、

社交ダンスを教えながら生計を立てながらの状態でしたが、
先にも書いたアンナパブロワの初上演成功もあり、

鎌倉に(昭和2年)スタジオを建てました。


これが、日本バレエの発祥となる訳ですね。




ところが、第二次世界大戦中の日本ではバレエは敵性芸術とされ、
厳しく取締りがあったため、上演されることはなかったという背景もあります。


このように、バレエの歴史は古く歴史に影響されてきました。



戦後
戦争が終わり、昭和20年を過ぎると、
バレエはまた日本の人々へと広がり、次々にバレエ教室ができ始めます。


そして少しずつ女の子の習い事として、
バレエはポピュラーなものになっていったのでした。



※補足
戦後の、日本バレエについては
先にお亡くなりなられた谷桃子先生のことなども触れながら紹介します。

また、男の子の習い事として定着するのにはもう少し時間がかかりました。
男の子バレエの歴史についてもまた次回に書きましょう。



   まとめ  

戦争やその他多くの要因で、廃止など憂きめにあいながらも
人々にただの踊りではなく、
芸術shineとして認められ、
美しいと判断されたからこそ、
これだけ長い間人々に愛されてきたとも言えます。


■バレエは、大正時代に初めて上演された

■しかし、お教室の開校は昭和に入ってから。

■バレエは、戦争や時代に大きく影響されながら現代に受け継がれている。





遅い時間帯に幼児バレエクラスを作る理由


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みなさんこんにちは。
GWも終わりすっかり、夏のような生暖かい気温になってきましたねーsun
半袖Tシャツの方もよく見かけるようになりました。

また、それに比例して日が落ちるのも遅くなり、
いよいよ夏間近upといった印象ですね。


さて、今日のネタ。

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  遅い時間の幼児クラス 


について。

お子様の習い事に最適な時間は、早すぎず、遅すぎず。

15:00〜18:00迄の時間内が

子供習い事のゴールデンタイムshineと言われています。

やはり、遅い時間は

<送り迎えが心配>

<一人で通わせるには明るい時間が原則>

<寝る時間を考えると、子供の体力的にも難しい>


などの理由があります。


当スタジオでも、この時間帯は子供クラスが集中しています。

しかし、


働くママの多い街。

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それがこの街の特徴です。


事実として、遅い時間帯のクラスの需要が全くない時期などもあり、

場合によってはクラス内人数の大幅な減少で、クラス数自体を減らざる負えない状況もあります。

しかし、スタジオ開設当時は寧ろ子供クラスは、
週に1回18:00ー20:00

この時間帯にしかありませんでした。

開設当初は、迷いましたが、実際に開校してみると

「仕事があり、この時間帯にしか通えない。」

そんなママ達のお声が多くあったこともあり、

この時間帯を開設する事にずっとこだわっている理由もあります。


習いたい。けれど、時間的な問題などで習わせられない。

などという理由はなるべく、解決させたいですもんね。




誰でも、そして多くの生徒様が、バレエと出会うきっかけとなること
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かねてからの、このスタジオの目標です。


今後も、この遅い時間帯のクラスというのは、
継続して残して行きたいと思っています。


どうぞ、働いているママ。
バレエに興味をお持ちでしたらお気軽に当スタジオへお越し下さい。

お仕事が遅くなるときにもお気軽にご相談下さい。

お預け頂いても結構です♪




バレエ豆知識 バレエの始まり編 (大塚芽衣著)

こんにちは、久しぶりのブログになります。

さて、GWはいかがだったでしょうか?
今日が最終日となりますね。

みなさん、楽しい時間を過ごした事でしょうsun

さて、明日から久々のバレエ。

今日は、久しぶりにデザイナーの大塚芽衣さんが以前プリンシパルで執筆下さった、

バレエのまめ知識より、
「バレエ歴史編」で、テンションあげて、また明日から頑張りましょう!
(一部、アキバレエスタジオで加執を加えています。)




バレエの始まり

バレエは、ルネッサンス期のイタリアで生まれました。


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<ルネサンス期>
長い間、人々は宗教に縛られていたことで、沢山の文化が育つことがなかったのです。

かつて、それまでの時代は、キリスト教が支配する世界でした。
そして、当時のヨーロッパの学問は神が中心の学問でした。


当時イタリアは、政治的に分裂状態であったため、自由な考えを持ち始めており、
そこで、一番納得できる学問は何?ということが、争点となり
ローマ法、イスラムからの医学など、沢山出て来たわけです。

また様々な学者がイタリアに流入してきた背景もあります。

アジアとの貿易などで富を得たことで、
様々な文学、建築物、絵画、さらには天文学の発達に繋がりました。



ルネサンス=再生


一つの宗教にとらわれず、自由な発想と再生。そんな時代がこのルネサンス期です。



さて、当時のイタリアの宮廷では、
余興として、演劇等が上演され、親しまれてきました。

16世紀にジョバンニさんという人の音楽が大流行し、





その音楽に踊りを加えたものがバレット(ballet)と呼ばれるようになりました。

それが後のバレエ(ballet)です。

そして、イタリアのカトリーヌというお姫様が、
フランスにお嫁に行く時バレットがフランスに伝わったのです。


1573年の「ポーランド人のバレエ」が世界で初めてバレエ(ballet)と呼ばれるようになりました。

そして1581年に「王妃のバレエ・コミック」が世界で初めての正式なバレエ作品となりました。


結果、フランスではバレエが大流行!!!

即位したルイ14世が
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バレエを気に入りました。

即位の際に数時間に及ぶ豪華絢爛なバレエが催され、

ルイ14世自ら、バレエを踊りましたcrown

そして、ついには王立舞踏アカデミーを作った程です。
そしてその王立舞踏アカデミーはいつしか王立音楽学校等と併合し、

現在のパリ・オペラ座バレエ団となったのです。


大塚芽衣 著


 まとめ 

•バレエは、16世紀イタリアで生まれる。

•その後、イタリアのお姫様が嫁ぐ際、フランスに持ち帰る

•バレエコミックの流行とルイ14世のごり押しによりバレエは現代に拡がる

 

というわけなんですねー。
それでは、バレエのまめ知識をお送りしました。

では、明日からもまた頑張りましょう!

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